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福岡高等裁判所 昭和29年(う)467号 判決

控訴人 被告人 佐々木勝治

弁護人 松岡良俊

検察官 宮井親造

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人松岡良俊の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一について。

本件告発は国税犯則取締法第十七条第一項に基いてなされたものであつて通告がその前提となつていることしかも該通告は同法第十四条第一項に適合してなさるべきことは所論のとおりである。弁護人は本件について前示通告があつたか否かが不明である旨を主張するけれども本件記録中の唐津税務署長大蔵事務官近藤清彦作成の告発書中には被告人に対し国税犯則取締法第十四条に基き通告したが履行しないので告発する旨の記載があるのであるからこれにより該通告が適法に行われた事実を明認し得るのであつて此の点に関し原審の審理に不尽の廉があつたとは謂われないのは勿論本件公訴提起を無効として棄却すべきいわれもなく原判決には法令の適用を誤つた違法も存しない。論旨は採用に値しない。

弁護人の控訴趣意第二について。

原判決添附別表1乃至4の犯罪事実が昭和二十三年八月四日から同年十二月五日までのものであることは右別表に照し明白である。しかして又右犯行当時に効力の存した昭和二十三年十二月二十一日法律第二六二号による改正前の物品税法第十八条には物品税の逋脱犯として情状により二つの処断方法を規定し先ず其の第一項に逋脱し又は逋脱せんとした税金の五倍に相当する罰金に処すべき旨次に其の第二項に五年以下の懲役若しくは逋脱し又は、逋脱せんとした税金の五倍を超え十倍以下に相当する罰金に処し又は懲役及罰金を併科することを得べき旨を夫々規定していることは所論のとおりである。弁護人は右法条は第一項の罪と第二項の罪と二個の犯罪を規定したものであつて本件はその第一項に該当する罪であるからこれが時効は三年を以て完成する旨を主張するけれども同法条第一項と第二項とは単に犯罪の情状により処断刑をことにする旨を明示したに止まり右別個の犯罪を規定しその処断刑を定めたものではない。従つて裁判所はこれが量刑に当つては単に犯情に従い右第一、二項のいずれによるべきかを決定すれば足りるのである。されば右物品税法第十八条の時効期間は刑事訴訟法第二百五十一条に則りその重い刑に従うべく同法第二百五十条により五年と解するのが相当である。尚所論の如く本件時効期間が三年であると仮定しても本件記録中の唐津税務署長大蔵事務官近藤清彦作成の告発書及び郵便物配達証明書を綜合すれば被告人に対しては国税犯則取締法第十四条第一項による本件物品税逋脱事件の適法な通告が最初の犯行時より見ても一年九月以内である昭和二十五年五月三日送達された事実が明白であるから前示日時において本件の時効は国税犯則取締法第十五条によりこれを中継したものと認められ本件の公訴が右日時より二年八月以内である昭和二十七年十二月二十六日なされたことは本記録中の起訴状の唐津簡易裁判所受付印に徴し明認されるからその時効は完成に至らないこと明瞭である。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三について。

原判示事実は「被告人は……共謀の上……右別表3、5、7の事実についてはこれを紙片に記載して秘匿しながら正規の帳簿には記載せず且つ毎月佐賀県唐津税務署に提出すべき課税標準額申告書を提出せず……」と謂うのであつて記録を精査するに前示別表3、5、7、の分については被告人等は原判示の期間脱税の目的の下にその製品の移出販売の事実を正規の帳簿に記載せずこれを二重帳簿的性格を有する紙片にメモしその精算済に係る紙片は順次これを破棄し毎月佐賀県唐津税務署に提出すべき課税標準額申告書を提出しなかつたこと明瞭である。しからば右被告人の所為が旧物品税法第十八条所定の不正行為に該当すること勿論である。原判決には法令違反又は事実誤認の違法は存しない。論旨は採用に値しない。

弁護人の控訴趣意第四について。

原判決がその別表1乃至7の逋脱犯を認定し各犯罪事実につき円未満の端数の金額を含む罰金刑を言渡したこと又円未満の小額通貨は昭和二十八年七月十五日法律第六十号小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律第三条第一項により同年十二月三十一日限りその通用を禁止されていることは所論のとおりである。しかし原判決の量刑は旧物品税法第十八条第一項の規定に基き原判決別表1乃至7の逋脱税額の五倍に相当する罰金額を算定しているのであつてもとよりこれを違法の措置と見るべきではないのみならず前記小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律第十一条第一項には債務の支払金の端数計算につき五十銭未満を切り捨て五十銭以上一円未満は一円として計算する旨その第二項には前項の規定は国及び公社等の収納支払の場合にはこれを適用しない旨を各規定し又昭和二十五年三月三十一日法律第六十一号(昭和二十八年七月法律第六十号附則第七項により一部改正)国庫出納金等端数計算法第二条第一項には国及び公団等が一時に収納し又は支払う場合においてその収入金又は支払金の金額に五十銭未満の端数があるときはその端数金額を切り捨て五十銭以上一円未満の端数があるときはその端数金額を一円として計算する旨を規定しているのであるから一円未満の端数金額を含む罰金の執行は前記国庫出納金等端数計算法第二条に基き其の五十銭未満の部分についてはその端数金額を切り捨て五十銭以上一円未満の部分についてはその端数金額を一円として計算して行われるものと解すべきである。従つて円未満の罰金といえども完納不能とは云えない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意追記について。

所論は本件の犯情憫諒すべきものがあり御寛大に願うと謂うのであるが原判決の刑は旧物品税法第十八条所定刑中最低額であつてこれ以下に減軽することは法の許容しないところである。論旨は採用しない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 下川久市 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)

弁護人の控訴趣意

第一、法令違反か審理不尽の違法 本件の告発の前提となつている通告が、なされたか否か、又その通告は適法であつたか否か本件記録では一切不明であるから、本件の告発は適法な告発と謂えるか否かさつばり見当がつかない。従つて、告発を訴訟条件とする本件公訴も適法であるか不法であるかが本件記録では全然判らない。そこで原審はその点を審理して明白にすべきか又は刑事訴訟法第三三八条第四項により判決で公訴を棄却すべきのに漫然被告人に対し有罪の判決をしているので本件には冒頭掲記の違法ありと信ずる。本件告発は国税犯則取締法第十七条第一項に基いてなされた告発であるので通告がその前提となつている。而して同法第十四条第一項によれば通告を為すには国税局長又は税務署長は犯則の心証を得た理由を明示し罰金若は科料に相当する金額等を指定の場所に納付すべき旨を通告しなければならないことを規定している。本件では、一体通告がなされたものかどうか又は仮に通告がなされたとしても該通告は国税犯則取締法第十四条第一項に適合する通告がなされたか否か全然判らないのである。尤も本件記録中には配達年月日昭和二十五年五月三日の郵便物配達証明書はあるが、之だけによつては通告が果してなされたか否かさえ判らないのである。仍て本件は判決を以つて公訴を棄却すべきか又はその点の審理を尽すべきものと思料する。

第二、法令違反か、審理不尽の違法 仮に本件公訴は適法なりとしても原判決の別表1乃至4の各事実は公訴時効が完成しているので判決を以つて免訴の言渡をなすべきか又は時効が中断されている事を審理判示すべきに拘らず漫然有罪の判決を言渡したのは第二の冒頭掲記の違法あるものである。

前記別表の1乃至4の各犯罪事実は昭和二十三年八月四日から同年十二月五日までの犯罪であるが、当時効力を有していたところの物品税法即ち昭和二十三年十二月二十一日法律第二六二号による改正前の物品税法第十八条(昭和十九年二月十五日法律第七号参照)によれば物品税の逋脱犯は、情状に因り二種類の犯罪があつた。換言すれば、情状に因つて、同法第十八条第一項に該当し逋脱し又は逋脱せんとした税金の五倍に相当する罰金に処すべき犯罪と、同条第二項に該当し五年以下の懲役若しくは逋脱せんとした税金の五倍を超え十倍以下に相当する罰金に処し又は懲役及罰金を併加することを得る犯罪とがあつたのである。之を時効の点から観察すると等しく物品税の逋脱犯といつても犯情によつて罰金のみに該当し三年で時効が完成する犯罪と、五年以下の罰役又は逋脱税金の五倍を超え十倍以下の罰金に該当し五年で時効が完成する犯罪との二種類があつたのである。

原判決の別表1乃至4の各犯罪の情状は、当時の物品税法第十八条第一項に該当するものであつて同法第二項に該当するものではない。被告人が本件に及んだのは、その経営していた九州製作所の経営が困難になつたので所謂出血受註をして一時を凌がんとして、成田八郎と取引し、その取引価格は、資材の価格に僅かに三割加算した金額を以つて算定し、物品税相当の金額を加算していなかつたので、被告人は成田八郎から物品税相当の金員としては別に徴していなかつた。それで物品税相当の金員を徴し乍ら之を納付しない犯罪とはその犯情に重大な差がある。而し被告人は本件検挙後、税務署に納付させる為めに、衣類等を処分したりして苦労して工面した約十一万円の金員を有村祐吉に依頼交付したので被告人としては之で本件は解決したものと安心していたところ、有村は之を税務署に納付していなかつた為め遂に告発さるるに至つたのである。猶お被告人は本件検挙により事業は失敗閉鎖し病気に罹り現在は廃人のようになつている。右の如く犯情寔に憫諒すべきものがあるので本件は明らかに、当時の物品税法第十八条第一項に該当する犯罪であつて、同条二項該当の犯罪ではないのである。原判決も明らかに同条第一項の犯罪として同条項を適用している。そこで原判決別表1乃至4の各犯罪の時効は三年である。然るに本件公訴は孰れも犯罪後四年以上を経過した昭和二十七年十二月二十六日に提起されている。そうすると本件公訴提起以前時効が中断されたか否かということになるが本件記録では第一点に論じたが如く通告がなされたか否か又その通告は適法であつたか否かが全く不明であつて時効が中断された形跡が判然せず一応公訴時効完成した事案であると謂うの外はない。

第三、法令違反か事実誤認 原判決別表3、5、7、の各犯罪は起訴状別表にも無申告と記載されている通り被告人は税務署に対しては何等の作為もなしていないから物品税法第十八条の逋脱犯を構成しないのに、原判決は漫然逋脱犯ありと認定しているので右判決には法令を誤つて適用した違法か又は事実誤認の違法があるものと思料される。尤も被告人は右犯罪事実に該る取引についても、九州製作所内部では、別に紙片にメモしておき乍ら帳簿には記載せず、且右紙片は検挙前破棄していたことが想像されない訳ではない。然し乍ら此の事実丈けでは九州製作所での内部関係に止り、逋脱犯の構成要件である詐偽其他不正の行為を為したものとは謂えない。詐偽其の他不正の行為は税務署に対してなされることを要し被告人方の店舗内で、内部的になされただけでは未だ詐偽その他不正の行為ありとは謂えないものと解される。(昭和二十五年(う)第二九五五号、同二十六年四月十二日御庁第四刑事部判決、高判集第四巻第四号第四〇四頁参照)

第四、法令違反の違法 原判決は昭和二十九年一月二十八日被告人に別表1乃至7の逋脱犯を認め各犯罪事実に、円未満の端数の金員を含む罰金刑を言渡している。然し乍ら昭和二十八年七月十五日法律第六十号小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律第三条第一項により少額通貨は昭和二十八年十二月三十一日限りその通用を禁止されている。被告人としては通貨がないのであるから少くとも右端数については到底完納は出来ないのである。従つて通貨が存在せず当初から完納不能の罰金刑を言渡した原判決は法令に違背し破棄を免れないものと思料する。

以上の次第で原判決を破棄して相当の御裁判を求める。

追記 第二点掲記の本件の犯情については原審証人成田八郎、同佐伯猪之吉の各証言参照 罰金の換算については第二点掲記の如く本件犯情は憫諒すべきものがあると思料しますので、少くとも原判決の通り御寛大であるよう御願いする。

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